単語帳をめくり、参考書を解き、聞き流しのアプリを流し、多読の本を積む。「英語を話せるようになりたい」と思って、いわゆる”英語を浴びる・覚える”勉強を、まじめに積んできた。それなのに、いざ外国人を前にすると、口から英語が出てこない——。この感覚に心当たりのある方は、きっと少なくないのではないでしょうか。
ここで一つ、素朴な疑問がわきます。英語は、浴び続ければいつか自然に話せるようになるのでしょうか。それとも、「浴びる」と「話す」はそもそも別物なのでしょうか。今日は私の感想ではなく、できるだけ研究データを並べて、この問いを正面から考えてみたいと思います。
「浴びれば伸びる」は、ちゃんと成果が出ている
まず、フェアなところから始めます。「英語はシャワーのように浴びろ」という考え方の源流は、スティーブン・クラッシェンという言語学者が1980年代に唱えた「インプット仮説」にあります。レベルに合った”理解できる英語”をたくさん浴びれば、言語は自然に身についていく——という考え方です。日本の多読派や聞き流し派も、たどっていけばここに行き着きます。
そして大事なのは、これが精神論ではなく、データの裏づけを持っているということです。
多読については、複数の研究を統合した「メタ分析」(個々の実験より一段上のエビデンス)があります。中西による多読研究のメタ分析では、多読をした学習者は読む力が確かに伸びていました。対照群と比べた効果量は全体で d≈0.46(中程度)、とりわけ読解で d≈0.63、読む速さでは d≈0.98 と大きく、結論は「多読は読む力を伸ばす。学習に取り入れるべきだ」というものでした。
Source: 中西「多読研究のメタ分析」(TESOL Quarterly)
多聴(たくさん聞く)にも、同じような報告があります。チャンとミレットの研究では、音声つきの段階別教材を13週間にわたって聞き込んだ結果、リスニングの流暢さが伸びたことが示されました。多聴をめぐる他の研究では、語彙や発音、学習への自信にも良い影響があるとも言われています。
Source: Chang & Millett「多聴とL2リスニングの流暢さ」(ELT Journal)
つまり、「やらないよりやったほうが伸びる」は、研究的にも本当なのです。多読・多聴は土台づくりとして正しい。ここは胸を張っていい部分だと思います。
ただ、それで”話せる”ようにはならないのです
ところが、です。いま伸びたものを、もう一度よく見てください。読む力、読む速さ、語彙、リスニング——全部が「入れる側(受け取る力)」で、「話す」が一つも入っていません。
そして、聞く力と話す力は、私たちが思うほど直結していないようです。リスニングと他技能の関係を調べた研究では、「聞く力と話す力」の相関は、「聞く力と読む力」の相関よりも弱かった、という報告があります。聞けるようになっても、それがそのまま話せるにはつながらない、というわけです。
Source: リスニングと他技能の関係に関する研究(Theory and Practice in Language Studies)
これを象徴するのが、カナダのフランス語イマージョン教育です。イマージョンというのは、算数も理科も全部その言語で授業する、どっぷり浸からせる方式のこと。英語が母語の子どもたちが、何年もフランス語を大量に、しかも理想的な形で浴び続けます。ところが調べてみると、「聞いて理解する力」はネイティブ並みに育ったのに、「自分で話す・書く力」はそこに追いついていなかったのです。あれだけ浴びても、話すほうは別物だった。
Source: 村野井 仁「アウトプットと第二言語習得」(東北学院大学)
この観察から、スウェインという学者は「浴びるだけでなく、自分で口に出す(アウトプット)ことが必要なのではないか」という説(アウトプット仮説)を唱えました。ただ、正直にお伝えしておくと、ここは決着のついていない論争領域です。インプット仮説のクラッシェン本人が「アウトプットが効くという証拠は弱い」と反論しており、研究者の間でも見解が割れています。
Source: Krashen「Comprehensible Output?」(System誌)
ですから、私も「アウトプットこそ正義だ」と断言するつもりはありません。けれど、少なくとも「大量に浴びれば自動的に話せるようになる」とは、データはあまり言ってくれない。むしろイマージョンのような逆の事例すらある。ここは押さえておきたいところです。
話す力を作るのは、結局”話した量”だった
では、話す力はどうやって作るのか。答えは拍子抜けするほどシンプルで、「実際に話す」です。それを裏づけるのが、留学を扱った研究です。
ある研究では、スペイン語の学習者を「留学した組」と「自宅で学んだ組」に分け、1学期後に話す力(コンピュータによる口頭能力テスト)を測りました。すると、「レベルが1段階以上アップした人」の割合は、留学組で89%、自宅組で44%。差は歴然でした。ただしこれは18人という小規模な研究なので、これ一本で断定はできませんが、傾向としては十分に示唆的です。
Source: Jochum「留学と話す力の伸び」(Frontiers: The Interdisciplinary Journal of Study Abroad)
もう少し大きな視点では、質の高い複数の研究を統合した系統的レビューがあります。それによると、留学は「全般的な熟達度」と「話す流暢さ(oral fluency)」を伸ばす一方で、「文法的な正確さ」はあまり変わらなかった、と整理されています。留学で伸びるのは、まさに”スラスラ話す”力のほうなのです。
Source: Moore ほか「留学の効果に関する系統的レビュー」(Review of Education)
ここで、いちばん大事なひねりがあります。「留学すれば必ず話せるようになる」わけではない、ということです。英国の大学院に留学した学習者を調べた研究では、留学組の伸びが思いのほか小さく、自宅組と統計的な差がつきませんでした。理由は、現地で友達ができず、実際にはそれほど英語を話していなかったから。別の研究には”Is being there enough?(そこにいるだけで十分か)”という題名のものまであるほどで、伸びを決めるのは「海外にいたかどうか」ではなく、「現地でどれだけ話したか」だったのです。
Source: British Council/York大「留学とoral fluency」
裏返せば、これは日本にいても同じことです。学校の授業を思い出してみてください。British Councilの試算では、60分の授業で生徒が15人、先生が半分の時間を話すと、生徒1人が話せるのは実質2分ほど。これでは、何年積み上げても、自分が口から出した英語の総量はごくわずかです。話せるようにならないのは、根性が足りないからではなく、単純に量が足りないから。考えてみれば、当たり前のことだったのです。
Source: British Council「Teacher Talking Time」
実際、文部科学省も「高校卒業段階でCEFR A2レベル相当以上を6割」と目標を掲げています。裏を返せば、まだそこに届いていないということ。読む・聞くの土台はあっても、国の目標とする英語力にすら、全体としては手が届いていないのが現状なのです。
Source: 文部科学省「外国語教育(英語教育実施状況調査等)」
だから、一番早いのは”話さざるを得ない場所”に身を置くこと
ここまでが研究の話です。最後に、私自身の経験を、その裏づけとして添えさせてください。
私は日本にいたころ、まさに”入れる”勉強を積んだ人間でした。単語帳も、聞き流しも、多読も、それなりにやった。おかげで読む・聞くは少しずつできるようになった。でも、話せなかった。いま思えば、データの通りだったのです。読む口座にはコツコツ貯まっていたのに、話す口座は、ほとんど空っぽのままだった。
転機は2012年、セブ島でした。マンツーマンで、朝から晩まで英語を話し続ける日々。先ほどの研究が「伸びを決めるのは現地での発話量だ」と言っていた、まさにその環境を、逃げ場なく強制的に与えられたのです。日本人どうしでつるんで終わる留学の、ちょうど逆。数か月のあいだに、私は日本での何年ぶんも超える量を、自分の口から英語で出しました。そこで初めて、景色が変わったのです。
結論は、もうシンプルだと思います。読む・聞くの土台づくりに、多読・多聴・聞き流しは効く。それはデータも認めています。でも、”話せる”ようになりたいのなら、それとは別の口座——「話した量」——を貯めるしかない。そして、その量を、一番手っ取り早く、しかも逃げ場なく積めるのが、やはり留学なのです。
「いきなり留学はハードルが高い」という方は、まずオンライン英会話で、毎日”話す量”を増やすところから始めるのも、もちろん立派な一歩です。ただ、もし一気に景色を変えたいなら、数か月だけでも、話さざるを得ない場所に思い切って身を置いてみる。それが一番の近道だと、私は経験からも、データからも思っています。
英語が話せないのは、あなたの頭が悪いからでも、語学センスがないからでもありません。ただ、口を動かした量が、まだ足りていないだけ。研究もそう言っています。だとしたら——足りない量を一気に取り戻せる場所へ、思い切って飛び込んでみてはいかがでしょうか。
留学先としての中身や費用感が気になった方は、フィリピン留学ガイドもあわせてご覧ください。
参考にしたソース一覧
- 中西「多読研究のメタ分析」(TESOL Quarterly)
- Chang & Millett「多聴とL2リスニングの流暢さ」(ELT Journal)
- リスニングと他技能の関係に関する研究(Theory and Practice in Language Studies)
- 村野井 仁「アウトプットと第二言語習得」(東北学院大学)
- Krashen「Comprehensible Output?」(System誌)
- Jochum「留学と話す力の伸び」(Frontiers: The Interdisciplinary Journal of Study Abroad)
- Moore ほか「留学の効果に関する系統的レビュー」(Review of Education)
- British Council/York大「留学とoral fluency」
- British Council「Teacher Talking Time」
- 文部科学省「外国語教育(英語教育実施状況調査等)」
