英語が堪能な芸能人を思い浮かべてみてください。佐藤健さん、鈴木亮平さん、ウエンツ瑛士さん……。テレビで流暢に英語を話す姿を見ると、つい「もともと頭がいいから」「ハーフだから」「才能が違うから」と思ってしまいがちです。
ところが、一人ひとりの経歴を並べてみると、ある共通点が浮かび上がってきます。彼らの多くは、生まれつき英語ができたわけではありません。あるとき自分の意思で「英語を使わざるを得ない環境」、つまり留学に飛び込んでいるのです。今回はそんな“留学組”の芸能人5組を、英語がどう変わったのかという目線で見ていきたいと思います。
佐藤健さん|LAとNYへ、2度の短期留学
佐藤健さんは、2015年に2度の留学を経験しています。1度目はロサンゼルスの語学学校に約3か月、ホームステイをしながら通学。2度目は同年末から、ニューヨークのアクターズスクールに約2か月。いずれも多忙な撮影の合間を縫っての挑戦で、このことは本人が雑誌の対談やYouTube「たけてれ」で明かしています。
注目したいのは、すでに売れっ子だった俳優が、わざわざ仕事を止めてまで英語環境に身を置いた点です。「日本の作品を海外に届けるためにも英語力は必要だ」と考えての行動だったといいます。この“環境をあえて変える”という決断こそが、のちの英語力の土台になっているのではないでしょうか。
鈴木亮平さん|英検1級・東京外大、それでも帰国子女ではない
英語が堪能な芸能人として、まっさきに名前が挙がるのが鈴木亮平さんです。高校時代にアメリカ・オクラホマ州へ1年間の交換留学。留学先は牛を60頭飼う農家で、同級生はみなカウボーイ、周りに日本人は一人もいないという、まさに英語漬けの環境だったといいます。帰国後は語学の名門・東京外国語大学の英語専攻へ進み、在学中に英検1級を取得しました。
Source: 俳優・鈴木亮平さん インタビュー(朝日新聞EduA)
ここで大事なのは、鈴木さんが帰国子女ではない、ということです。きっかけは、小学生のころ家族旅行で訪れたアメリカで「英語ができれば、いろんな人と話せる」と感じたこと。そこから環境に飛び込み、努力を重ねて成果を出した。生まれつきではなく、後天的に英語を勝ち取った人なのです。本気で学んで成果を出すとはこういうことか、と背筋が伸びる経歴だと思います。
ウエンツ瑛士さん|「ほぼ話せない」から1年半のロンドン留学
ハーフタレントとして知られるウエンツ瑛士さんは、意外なことに、もともと英語がほとんど話せませんでした。本人いわく、渡英前の英語力は中高生レベル。「モーニング」と「バイ」くらいしか言えなかった、というエピソードも残っています。
そのウエンツさんが、2018年10月から約1年半、単身でロンドンへ留学します。目的は、本場で演劇を学ぶこと。演劇学校に加えて語学学校にも通い、しかも“留学中は日本語に一切触れない”と決め、日本の友人にも連絡せず、日本のサイトも見ない生活を貫いたそうです。帰国後は、海外アーティストに英語でインタビューできるまでになっていました。
Source: ウエンツ瑛士さん インタビュー(ECC『MeLeDi』)
私が一番ぐっときたのは、本人のこの言葉です。留学を選んだ理由を「一番手っ取り早く英語を習得する方法だと思ったから」と語り、「語学を学ぶなら、その国の文化に触れるのが一番早い」と続けている。話せなかった人が、環境を変えて話せるようになった——これ以上わかりやすい証明は、なかなかないのではないでしょうか。
加藤清史郎さん|「英語地獄」と戦ったイギリス高校3年間
“こども店長”として親しまれた加藤清史郎さんは、中学卒業を機に、イギリスの高校で3年間を過ごしました。きっかけは小学6年生のとき。ミュージカル『レ・ミゼラブル』で、海外から来た演出家と通訳なしで直接話したいと思ったことだったそうです。
Source: 加藤清史郎さん(日本テレビ「アナザースカイ」)
ただ、ここは正確にお伝えしておきます。通っていたのは日本人も多い在外教育施設で、英語の授業以外は日本語、という環境でした。彼が本当に英語と格闘したのは、本場の演劇学校に通ったときです。英語だけのレッスンに苦しみ、「行きの電車も帰りの電車も憂鬱だった」「いまから英語地獄だ、と思った」と振り返っています。裏を返せば、ただ海外にいるだけでは足りず、“英語を使わざるを得ない場所”に自ら飛び込んだ時間こそが、彼を伸ばしたということです。
Travis Japan|7人でロサンゼルスへ、環境を丸ごと変えた
もっと最近の例も挙げておきます。アイドルグループのTravis Japanは、2022年3月、メンバー7人全員でロサンゼルスへ“武者修行”に渡りました。日本での活動をすべて休止しての渡米です。
Source: Travis Japan(Wikipedia)
主な目的はダンスや表現力の研鑽でしたが、現地では午前中に語学学校へ通う生活を送っていました。なかでも川島如恵留さんは、語学学校のクラス分けで上級クラスに入り、入学から3か月で最上位クラスへ到達したと、雑誌の本人インタビューで語っています。もちろん、全員が一気にペラペラになった、という単純な話ではありません。それでも、慣れ親しんだ日本を離れ、環境ごと入れ替えたからこそ届いた場所がある。彼らはその後、日本人として初めて全世界メジャーデビューを果たしました。
共通点は「才能」ではなく「環境を変えた量」
5組を並べて見えてくるのは、ひとつのはっきりした法則です。彼らに共通するのは、特別な才能でも、恵まれた血筋でもありません。あるとき「英語を使わざるを得ない環境」に、自分の意思で身を置いた——ただそれだけなのです。
鈴木さんもウエンツさんも、出発点は「話せない」側にいました。日本でいくら勉強しても口から出てこなかった人が、環境を変えたとたんに伸びていく。これは精神論ではなく、単純に“英語を使った量”の問題だと思われます。なぜ環境に放り込まれると英語が身につくのか、その仕組みはフィリピン人がなぜ英語を話せるのかという記事で詳しく書いていますので、あわせて読んでみてください。
彼らの“環境”を手に入れる、一番の近道
ここからが本題です。とはいえ、日本で暮らしながら「英語を使わざるを得ない環境」を自分でつくるのは、思っている以上に難しいものです。オンライン英会話や英会話教室は、もちろん立派な一歩です。ただ、一歩教室を出れば、また日本語だけの世界に戻ってしまいます。
だからこそ、いちばん手っ取り早く、逃げ場なく英語に浸れるのは、やはり留学だと私は思っています。これは、ウエンツさんが言っていた「一番手っ取り早い方法」と、まったく同じ考えです。朝から晩まで英語に囲まれ、話さざるを得ない数か月を、強制的に自分のものにする。彼らがやったことを、期間限定で再現するわけです。
そして、その“英語を使い倒す環境”を、もっとも気軽に、しかも費用を抑えて手に入れられるのがフィリピン・セブ島です。実は、女優の吉高由里子さんもセブ島で語学留学をしたと報じられています。そして何を隠そう、私自身もセブ島の語学学校で英語を学び直した一人です。1日中マンツーマンで英語を浴びる、あの環境の威力は、身をもって知っています。
英語が話せないのは、あなたの才能のせいではありません。ただ、話す量と、それを強いてくれる環境が足りていないだけ。だとしたら、彼らが飛び込んだのと同じ環境に、数か月だけ思い切って身を置いてみる。その選択肢として、フィリピン留学やセブ島留学を、一度のぞいてみてはいかがでしょうか。
