【W杯ブラジル戦】サッカー選手はなぜ英語を話せるのか?海外組に学ぶ”話せる人”の共通点

【W杯ブラジル戦】サッカー選手はなぜ英語を話せるのか?海外組に学ぶ"話せる人"の共通点

2026年6月30日の未明、サッカーワールドカップの決勝トーナメント1回戦で、日本代表はブラジルに1対2で敗れ、大会を去りました。前半に佐野海舟選手が先制した時間帯は、本当に「いけるかもしれない」と思わせてくれましたが、後半に追いつかれ、最後はアディショナルタイムに勝ち越されての逆転負け。悔しい夜を過ごした方も多いのではないでしょうか。

ただ、この記事でお話ししたいのは、試合の中身そのものではありません。あのピッチに立っていた日本代表の選手たちの多くが、普段は海外のクラブで、通訳を介さず英語(あるいは現地の言葉)を使って戦っている——そちらの事実のほうです。

中学・高校と6年も英語をやったはずなのに、いざとなると “This is a pen.” くらいしか口から出てこない。そんな私たちと、彼らはいったい何が違うのでしょうか。才能でしょうか。今日はその答えを、実例とともに、できるだけ正直に考えてみたいと思います。

目次

彼らは「英語の天才」だから代表に選ばれたわけではありません

まず事実から入ります。海外でプレーする日本人選手が英語を話すのは、もう特別なことではなくなりました。

たとえばブラジル戦に先発した冨安健洋選手は、アーセナル加入直後の公式インタビューで、すべての質問に通訳なしで英語で答え、「監督にストライカーをやれと言われたらやるよ」と冗談まで交える余裕を見せ、現地ファンを驚かせています。
Source: フットボールゾーン「アーセナル冨安、”流暢な”英会話にファン感嘆」

ここで取り違えてはいけないのが、順番だと思うのです。「英語が得意な特別な選手が代表に選ばれている」のではありません。「海外のクラブでプレーする=英語や現地語を使わざるを得ない環境に放り込まれる→だから話せるようになった」。この順番なのですね。

これは、当サイトが繰り返しお伝えしてきたフィリピン人が英語を話せる理由と、まったく同じ構造です。才能ではなく、歴史と環境、そして使わざるを得ない量。フィリピンも、海外組の選手も、根っこは同じなのではないでしょうか。

昔は「中田英寿だけ」だった——”当たり前”になるまでの変化

ここで少し、時間を巻き戻してみます。

かつて「日本人選手が海外で活躍するなんて夢のまた夢」と言われた時代に、その常識を破った中田英寿選手は、語学の面でも例外的な存在でした。早くから勉強家として知られ、セリエA移籍を見据えて、自分からイタリア語に取り組んでいた人です。
Source: Number Web「セリエA挑戦に学ぶ日本人のイタリア語習得」

本人も、ペルージャ時代をこう振り返っています。当時はまだ言葉が分からず、少しでも早くイタリア語を話せるようになる必要があったから、家で勉強することも多かった。サッカーに集中できる環境をつくるうえで、言葉を覚えることは欠かせなかった、と。
Source: サッカーキング「中田英寿『やっぱり僕はイタリアが好きです』」

こうして”行く前提で自分から語学を仕込む”のは、当時はほとんど中田選手だけの、特別なことでした。ところが、少し世代が下ると、景色が変わってきます。

川島永嗣選手は、意外なことに、最初は「まったく英語が話せない」ゼロからのスタートだったといいます。それでもJリーグにいた約10年のあいだに地道に英語やイタリア語を積み上げ、2010年に念願の海外移籍を果たし、いまでは日本語を含め7か国語を操ります。移籍の際、各国のエージェントから真っ先に問われたのが「その日本人GKは何か国語しゃべれるんだ」だった、という逸話まで残っているほどです。語学ができなければ、海外移籍のチャンスすら巡ってこなかった、というわけですね。
Source: THE ANSWER「10年勉強しても喋れない日本の英語教育 川島永嗣と『型破り』サッカースクールの挑戦」

長くプレミアリーグで活躍し、日本代表のキャプテンを務めた吉田麻也選手も、公立の中学・高校を出て、特別な語学エリートだったわけではありません。それでも現地で英語を磨き、入れ替わりの激しいクラブで何年も生き残ってきました。本人は、英国で生き抜けた秘訣のひとつに語学力を挙げ、市民権の取得試験では、スピーキングとリスニングがこれまでで最も恐ろしいテストだった、と語っています。
Source: フットボールゾーン「サウサンプトン吉田麻也を英紙が直撃 プレミアで7年生き抜いた秘訣は”語学力”」

そして今や、冨安選手のように、海外でプレーする選手が英語で受け答えするのは、もう”当たり前”の風景になりました。中田選手の頃は例外だったものが、いまでは前提になっている。この変化こそ、「才能ではなく環境」を何より雄弁に物語っているのではないでしょうか。

なぜ「環境」がこれほど効くのか

彼らに共通するのは、「英語を使わないと、そもそも仕事にならない」場所に身を置いたことです。

サッカーは、野球と違ってプレーの最中に通訳を挟めません。守備の選手なら、味方に一瞬で「もう一歩寄せろ」と伝えなければならない。とりわけ司令塔のGKは、細かい指示を周りに飛ばし続ける必要があります。川島選手も、それを最初は英語でやるのはハードルが高かったと振り返っています。使わざるを得ないから、嫌でも量が積み上がっていく。
Source: 東洋経済オンライン「『6カ国語操る川島永嗣』の英語塾が急拡大の訳」

つまり、彼らの英語力は才能ではなく、「使わざるを得ない量」がつくったものなのですね。英会話は、量をこなさないと話せるようにならない——当サイトがずっとお伝えしてきたことの、これ以上ない生きた証拠ではないでしょうか。

ただし「海外に放り込めば勝手に話せる」わけではありません

ここで、夢を見すぎないために、正直な但し書きをひとつ。「海外に行きさえすれば、自然と話せるようになる」かというと、そう単純でもないのです。

海外で長く英語を使い倒してきた本田圭佑選手が、こんな反省を語っています。10年間、実践(会話)ばかりやって体系的な基礎をやらず、振り返るとほとんど進歩していなかった。早めに、総合的に学んでおくべきだった、と。実戦だけやって練習をしないサッカー選手が結果を出せないのと同じだ、とも言っています。
Source: プログリット「本田圭佑が語る英語学習を1000日続ける、3つのコツ」

かつては英語で、こんな投稿もしていました。長く英語を学んできたけれど、まだ十分ではない。子どもの頃から学んでおくべきだった、と。
Source: サカノワ「本田圭佑が英語で嘆く『英語は子供の頃から学んでおくべきだった』」

吉田選手も、同じ趣旨のことを言っています。海外に住んでいるからといって、自動的に英語を話す環境が手に入るわけではない。「英語を使う環境を、どうやって確保するか」を、自分で考える必要がある、と。
Source: ダイヤモンド・オンライン「吉田麻也さんに聞く『世界で闘う英語術』」

要するに、環境は”必須条件”だけれど、それだけでは足りない。基礎という準備と、自分から使いにいく姿勢がそろってはじめて、環境は効いてくる。両輪なのだと思います。

結局、私たちにできるのは「使わざるを得ない環境」を自分で作ること

では、海外組ではない私たちは、どうすればいいのでしょう。

ヒントは、選手たちが口をそろえる「環境を確保する」という言葉にあると思うのです。日本にいながら、英語を使わざるを得ない時間をどれだけ作れるか。オンライン英会話で毎日話す、英会話教室に通う——もちろん立派な一歩ですし、行く前の基礎固めも、本田選手の反省を踏まえれば決して無駄になりません。

ただ、いちばん手っ取り早く、しかも逃げ場なく”話す量”を積めるのは、やはり留学だと私は思っています。朝から晩まで英語に囲まれ、マンツーマンで何時間も話し続ける。海外組の選手たちが現地で手に入れているあの環境を、数か月だけ、強制的に自分のものにするわけです。

私自身、2012年にセブ島へ留学し、3か月のあいだ毎日マンツーマンの授業を受け続けて、トータルで500時間ほど”英語を話す”時間を積み上げたことがあります。そのとき、はっきりとレベルが上がった手応えがありました。あれは「会話を500時間やった」から効いたのであって、机に向かって単語帳を500時間眺めていたら、おそらく同じようには伸びなかったと思うのです。

中田選手の時代には例外だった「海外で英語を話す」が、いまや代表のスタンダードになりました。同じように、「英語を本気で話せるようになる」も、特別な才能の持ち主だけのものではありません。足りないのは才能ではなく、話す量と、それを強制してくれる環境。だとしたら、その環境がそろった場所に、数か月だけ思い切って身を置いてみる。その選択肢として、フィリピン留学・セブ島留学を一度のぞいてみてはいかがでしょうか。

「英語を使わざるを得ない国」が、そのまま留学先になっている——フィリピンのそんな面白さも含めて、留学先としての実際の中身はフィリピン留学ガイドで詳しくお話ししています。

【番外編】今回は代表落選も…三笘薫の英語も見事です

今回の代表メンバーには入りませんでしたが、「海外組の英語」と言えば、三笘薫選手も外せない一人でしょう。

彼もベルギー時代の当初は英語をほとんど話せず、元同僚が英メディアに「コミュニケーションが取れないのは相当辛かったはず」と振り返っていたほどでした。それが「英語を主に話すクラブ」という環境のなかで上達し、いまではプレミアリーグで、通訳なしのインタビューに堂々と応じています。やはり、環境と量、なんですね。
Source: THE ANSWER「三笘薫、活躍支える”コミュ力” ベルギー時代の同僚が語る成長」

参考にしたソース

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この記事を書いた人

2012年に4ヶ月のセブ島留学を経験。

留学前はTOEIC300点台だったが、
留学直後のテストで650点を取得。その後オンライン英会話やTOEIC対策を
継続し900点台に到達。

現在はウェブコンサルタントとして活動しながら、
2025年に長男(当時8歳)と3回のセブ島親子留学を敢行。

リアルな体験をもとにセブ島留学の情報を発信しています。

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